国道864号線沿い

国道864号線沿い

はま寿司とスシローが向かい合わせに建っている田舎の国道

拝啓、南風野朱莉さんへ

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南風野朱莉さんはさ、非常に魅力的な女の子なんだけど、その魅力がどこに詰まっているのかというのをふと考えた時に答えに詰まってしまうような女の子だと思うんだ。正直これは凄い失礼な話だと思う。いくらアニメのキャラクターだからといって女の子を捕まえて魅力がどこにあるんだろう、なんて言い放つなんて。でも、冷静になって考えてほしい。この女の子が持っている他の誰にも負けない魅力とは? 魅力を一言で表現するとしたら? そう言われるとどうしても僕は言葉に詰まってしまうんだ。なんだかそれが申し訳なくて、せめて一つでもいいからハッキリと魅力を言語化できるような箇所を見つけようと思って、僕は「Re:ステージ! ドリームデイズ♪」に登場するすべてのキャラクターのプロフィールをキャラデザから好きなもの嫌いなもの誕生日に至るまで、まるで砂金を見つける時かのように洗いざらいに、しかし冷静にたった一つでも見逃してなるものかという心持ちで見返してみた。けれども彼女のプロフィールに特筆するべき点はなかったんだ。好きなもの、ショッピングとリボン集め。嫌いなもの、虫。その辺の女子中学生としては満点の解答、しかしアイドルとしては凡庸だ。寧ろ欠点といってもいいかもしれない。「Re:ステージ! ドリームデイズ♪」の世界は女子中学生のためのアイドル全国大会、プリズムステージが開催されるほどのアイドル戦国時代のはずだ。マイノリティーな分野ならまだしもあの世界でアイドルは超メジャーな分野な訳だから、他との差別化を図らないと生き残っていけないのは当然のことのはずなのに。そんな中で南風野朱莉さんは何も武器を身に着けていない。これが本当の戦争なら自殺行為だ。いや、アイドル界でも自殺行為かもしれないけども。激動という言葉でしか言い表せないような世界のしかもその最前線で、裸一貫の南風野朱莉さん。文字に起こしてみると途端に心配になってきてしまった。自分のことではないし、なんなら現実に生きている人間でもないんだから心配する必要なんて皆無なんだけれども。それでもいつの間にか、特別な感情という程ではないけれども、親が子を見るそれのような、慈愛と不安がちょうど半々で混ざったような目で南風野朱莉さんを見るようになっていた。それが南風野朱莉さんを多少他とは区別して、ワンオブゼムの中からつまみ出して鑑賞するようになったきっかけだったのかもしれない。

 

南風野朱莉さんはさ、そんな僕の浅い考えに収まるようなキャラクターではなかったんだ。そう気づくのに時間はさほどかからなかった。それは、僕の中で南風野朱莉さんがあまりにも普通過ぎるという点に、興味とはまた違う何か、恐らく違和感だと思う、そんな感情を持ったからだ。違和感を解消するために視点の変換というか、普通という言葉を言いかえてみることにした。今までは普通を特徴のないことだと、悪いことのように捉えていた。しかし、これを天性の普通に対するバランス感覚というと話は変わってくると思う。詳しくは語らないが、昨今多様性に寛容、というより多様であることを推進するような世界的な動きがある。多様を認めるのではなく多様であれ、とどちらかというと強いているような世の中で、少しでも普通の道から外れればそれも多様性の内と保護される、普通であることを許さない世の中で普通であるというのは実はとんでもない強みではないだろうか。そう考え始めてから、僕の南風野朱莉さんを見る目は大きく変わっていった。引き算の美学という言葉がある。いわゆる侘び寂びの美意識のお話だ。ゴテゴテと装飾する美よりも、何も飾らない、身に着けない、余白を楽しむような美の方が美しいという話だが、その目線で見れば南風野朱莉さんは余白だらけの女の子だったんだ。何者でもないからこそ、誰よりも何者である。南風野朱莉さんは、そんな女の子なのかもしれない。

 

南風野朱莉さんはさ、普通の女の子だけれども、それ故にオンリーワンの女の子だったという話を長々とさせて貰った訳だけれども、そういう女の子を見た時に一番に出てくる感情といえば、同じ時を過ごしたいなのかもしれない。何をするのにも相性というのは大切だ。物事がうまく進まなくなった時、ふと問題が発生した時。人間状況が悪い時ほど本性が出るというけれども、そういう時に南風野朱莉さんとなら何となく上手くいきそうな気がするのは僕だけだろうか。なぜそう思ってしまうのか、簡単に説明したいと思う。先ほど言った通り、普通であれば人間には本性、言いかえれば裏の顔が存在するはずである。しかし、南風野朱莉さんには裏の顔は存在しない。なぜなら、南風野朱莉さんの中には普通以外が介在する余地がないからだ。普通しか介在する余地がないということはつまり、普段キャラストーリーやアニメなどで展開される南風野朱莉さんの行動、言動は全て素の、等身大の南風野朱莉さんによるものだということだ。そう、好きなものにショッピングとリボン集め、嫌いなものに虫と書いちゃうような呆れかえるほどの普通さが南風野朱莉さんの全てで、それだけなのである。何となく最後の言葉は悪口っぽく聞こえるかもしれないけど、これが悪口ではなく褒めているのであるということ、そして南風野朱莉さんには無限の可能性が存在するということが分かってもらえただろうか。分かってもらえたならば、いいんだけれども。

 

南風野朱莉さんはさ、僕がこんなことをするなんて非常におこがましいんだけれども、怒られることを覚悟の上で敢えてランキング付けをするとしたら、「Re:ステージのキャラの中で同級生として存在していてほしい女の子ナンバーワン」なんだよね。なぜって? それは先ほどまで語った通り、南風野朱莉さんは普通で、同じ時を過ごしたいと思えるような存在だから。同級生に限定してしまったのは南風野朱莉さんが設定上女子中学生だからというのが大きく影響していると思うけど、恐らく同級生の部分を姉とかに置き換えても一位にはなると思う。いや、僕は23歳だから実際のところは妹の方が正しいんだけれども、それは、まあ、ねえ? いいじゃないか。癖だから。それは置いておくとしても、実際南風野朱莉さんが同級生として同じクラスにいたら毎日が楽しいと思う。どんな出来事だって南風野朱莉さんと一緒なら。皆さんもそう思いませんか。まあ思ったところで僕は既に中学校をとうの昔に卒業してるし、そもそも南風野朱莉さんとは生きている次元が違うので考えたところでどうしようもないのですが。とは言っても妄想するだけならタダですし、「南風野朱莉さんがクラスメイトとして存在する世界線で起こってほしい出来事」でも妄想して、実際に過ごしたあの灰色一色の中学時代に少しでも花を添えることにしましょうかね。

 

南風野朱莉さんはさ、入学式の後の自己紹介で特に印象に残ることは言ってないはずなのに自己紹介が終わった後に自然と周りに人だかりができていてほしいよね。入学式終わりの自己紹介って、学生生活で一番最初のかますことのできる時間じゃないですか。あそこで何となくクラス内ヒエラルキーが分かるというか。後々トップに立つような人は一笑い取ったり、印象に残るような特技を披露したりして、その一方で言い方は悪いですけど下層に甘んじる人は言いたいことを噛んじゃったり、もごもご喋って人に上手く物事を伝えられなかったりと散々な結果で終わるじゃないですか。そんな中で南風野朱莉さんは噛むことこそないものの、「南風野朱莉です、好きなことはショッピングで趣味はリボン集めです」って当たり障りのない自己紹介をしてほしい。そしてそんな普通の人ならまず引っかからないような自己紹介をしたにも関わらず自己紹介後の休憩時間には南風野朱莉さんの周りに人が集まってるんですよ。その集まってきた人たちは何に引き寄せられたかは分かってないんですよ。ただ、なんとなく、南風野朱莉さんとお話がしてみたいなって思った人がクラスに沢山発生しただけ。そしてそれが普通過ぎることに事を発する南風野朱莉さんの無限大の人柄が原因だと気づくのはしばらくしてからで、その時にはもう南風野朱莉さんに完全に屈服しちゃってる訳ですよね。これは完全に余談ですけど。つまるところ南風野朱莉さんの周りにはいつも人がいて、南風野朱莉さんにはいつも笑っていてほしいって話。もし僕がクラスメイトだったら照れくさくて話しかけられはしないんだけど、会話に聞き耳を立てていると思う。そしたら誰かがこう質問するんですよね「リボン集めが趣味って言ってたけど一番お気に入りのリボンってどんなの?」って。そしたら南風野朱莉さんは人柄の擬人化ですから、丁寧に説明しようとするわけですよ。こういう色で~こういう模様で~みたいな感じで。でも、上手く伝わらないんですよ。そしたらちょっと困ったような表情を含んだ笑顔で「明日着けてくるね!」って返答するんですよ。で、僕はそれを質問した人でもないのに、妙にその笑顔が脳裏から離れなくて。誰よりも明日南風野朱莉さんが着けてくるリボンの色が模様が、そして南風野朱莉さん自身のことが気になって。そしたら翌日あの公式サイトでも付けている黒と白のチェック柄のリボンを着けてくるんですよ。それを見て僕は「あれが南風野朱莉さんの一番リボンなんだな」なんて思っちゃったりして、そしたら昨日質問した子が「あ!それが昨日言ってた一番お気に入りのやつ?」なんて南風野朱莉さんに聞く訳ですよ。するとね、南風野朱莉さんが満面の笑みでこういうんですよ、「うん!」って。終わりですよね、もう完全に終わり。堕ちちゃいました。チェックメイト、詰み、ゲームセット、コールド負け。完全にそこで南風野朱莉さんの魅力に敗北しちゃうわけですよ。いや、妄想なんで敗北もクソもないですが、堕ちる時は笑顔で堕ちたい。分かりますか? この気持ち。笑顔が抜群の破壊力を持つ女の子、南風野朱莉さん。そんな南風野朱莉さんのことが僕……

 

南風野朱莉さんはさ、日常の細かい所作からも人柄を見せていてほしいよね。これだとちょっとぼんやりしすぎているから一例を挙げようかな。アイドルが流行りに流行っているアイドル全盛期ということもあって、南風野朱莉さんも史実通り学校でアイドルを目指す子なら誰でも入る部活に入る訳ですよ。そしたら、南風野朱莉さんは僕も認めるあの人柄力でメキメキと頭角を現すわけですよ。いや、僕に認められなくてもあの人柄力は凄いんですけれども。それはいいじゃないですか、僕印の人柄力ですよ。そしたらやっぱり忙しくなるわけですよ、南風野朱莉さんも。対バンにプリズムステージにと全国を駆け回るにあたってやっぱり学校を休んだり早退したりすることも増えてくるようになるわけですね。実際アニメやストーリーでもどれだけ東京に来ているんだって思いますし。で、話を元に戻すんですけど、早退ですよ、早退。僕が注目してほしいのは早退です。もう僕にとっては大分と昔の話なんで記憶は曖昧なんですけど、中学校の頃って席順とか出席番号順とかで先生から指名されて問題を解かさせられるやつがあったじゃないですか。で、あんまりよくないことではありますけど、当てられる順番を予測して問題を解いておくとかやったじゃないですか。あれって、早退とか欠席とかがあると計画がめちゃくちゃになるんですよね。そこで問題になってくるのは南風野朱莉さんの存在なんですよね。南風野朱莉さんはアイドルだから欠席や早退が多くなっちゃって、授業においては南風野朱莉さんがイレギュラーになる訳ですよ。南風野朱莉さんが来るかどうかで解かされる問題が変わってくる訳ですよ。いや、全部予習して解いておけよという言葉は本当に正論なんですけど、学生なんてまあそんなもんじゃないですか。それでですね、南風野朱莉さんもそのことは重々承知しているんですよね。だから南風野朱莉さんは早退で教室を出ていく際にみんなの方を向いていう訳ですよ、「ごめんね」って。そのごめんねに南風野朱莉さんの人柄が詰め込まれてると思うんですよね。そしてみんなは思う訳ですよ、「こちらこそごめんね」って。僕たち私たちがそういう心構えで授業に臨んでるから南風野朱莉さんを苦しませちゃってるんだっていう意味合いのこちらこそごめんね、を。もうそこからクラスは一致団結ですよ。南風野さんを悲しませないように皆予習を欠かさない。不純なように見える、最も純粋な行動原理でクラスの成績は爆上がり。担任は涙。南風野朱莉さんもそのことに気づいて今度は「ありがとう」と言いながら早退。みんなも満面の笑み。南風野朱莉さんの早退から始まった物語は無事にハッピーエンドを迎えることができました。よかったね。よかったのかな。まあいいや。つまり何が言いたいかって南風野朱莉さんはいつだってみんなに優しい人柄に溢れる人であってほしいということ。かなり脱線したけどそういうこと。森羅万象に優しい女の子、南風野朱莉さん。そんな南風野朱莉さんのことが僕……

 

南風野朱莉さんはさ、体育の授業の時にポニーテールにしていてほしいしその後の授業も流れでポニーテールのまま受けててほしいよね。多分どこの学校も最初の体育の授業は体力測定から入ったと思うんだけど、南風野朱莉さんが通ってる学校もご多分に漏れずそうだと思うんだ。そこで初めて見る南風野朱莉さんのポニーテール姿に男子全員でドキッとしたいよね。余談だけど女子は更衣室の時点でドキッとしただろんだろうな。南風野朱莉ポニーテールプレミアシート、いいなあ。転売されてたら買っちゃおうかな。これは本当に余談、話を戻します。50m走や反復横跳びで揺れるポニーテールを眺めてたい。上体起こしや長座体前屈で床に垂れるポニーテールを眺めていたい。上体起こしなんか髪が振り回される訳ですから、多分体育館中がいい匂いになるんでしょうね。お部屋の消臭元、南風野朱莉の香り、新発売です。ミリオンヒット。話がまた逸れました。本題です。体育の授業が終わって男子更衣室で誰かがぼそっと言うんですよ。「南風野さんのポニーテール、凄い良かったよな」って。しかしそれには誰も答えないんですよ。なんか認めるのが恥ずかしいから。それが男子中学生だから。漏れ聞こえるのは肯定のため息だけ。ただこの時点で「南風野さんっていいよな」という男子の共通認識が産まれる訳ですよ。4月にして男子全員の心を鷲づかみにする魔性の女の子、それが南風野さんなのです。それで、男子はまた体育の授業になったらあのポニーテールが見られるのかな、と思いながら頭の中で時間割を再確認し、3日後か……なんて悶々とした感情を抱きながら教室に戻っていくわけですね。そしたら、そしたらですよ。なんと南風野さんがポニーテールのまま席に座ってるんですよ。あのチャームポイントのリボンをそっと机の上に置いたままで。男子にとってはとんだサプライズですよね。目を見開いてるやつ、小さく「えっ」と声を漏らすやつ、小さくガッツポーズをするやつ。男子の間で嬉しいの波が押し寄せる訳ですね。もうそこからは天国ですよ。あ、言い忘れたけど南風野さんの席は窓際ね。春風に乗って揺れる南風野さんのポニーテール。ほのかに香る太陽の香りはどちらの太陽から発せられたものなのでしょうか。もう南風野さんより後ろの座席は座っている人は全員ポニーテールを見て授業なんかに集中しちゃいない。南風野さんより前の人も何だか上の空でこれまた聞いていない様子。担任はまたも涙。でも南風野さん自体は自分のポニーテールの破壊力には気づいてないんですよね。まあそれがまたいいんですけど。ふと大人の色香を魅せる女の子、南風野さん。そんな南風野さんのことが僕……

 

南風野さんはさ、どこまでも普通だからテストでも平均点を取ってそうだよね。いや、全科目平均点って素晴らしいですよ、苦手科目がないことっていいことですし。僕はテストごとに欠点を2、3個は取ってましたからね。まあ僕のテストの点はどうでもいいので置いておきましょう。僕が言いたいのは南風野さんはなんてことのない平均点を取るために裏でもの凄い努力をしていそうだということですよ。僕みたいな暇な生徒だったらまだしも、アイドルとして多忙な日々を送る南風野さんは補習とか追試にかかる訳にはいかないですからね。しかもそのアイドル活動で早退とか欠席とかしている訳ですよ。他の人より学習の進度が遅れている人が平均点を取るって並大抵の努力では難しいですからね。僕には見えないところ、例えば東京から名古屋に帰る新幹線の中とかで必死に英単語帳を開いて赤シートを使って単語を覚えてそうだよね南風野さん。余談だけど隣で坂東美久龍さんはガッツリ寝てるしテストで欠点も取ってそう。坂東美久龍さん、アイドル系の推薦がないと高校受験苦労しそうですよね。話を南風野さんに戻します。南風野さん、眠いのを我慢しながら試験期間は夜遅くまで数学の問題解いてそうだし、それで翌日の朝に夜更かししたことによる肌荒れを気にしてそう。多少肌が荒れてても可愛いんですけどね南風野さんは。あと、数学とかには一生懸命取り組む一方で副教科の筆記試験は一夜漬けで挑んでそう。南風野さんにはそういうところもあるんですよ、可愛いですよね。どんな学校の行事に対しても真剣な女の子、南風野さん。そんな南風野さんのことが僕……

 

南風野さんはさ、クラス全員の名前と顔が一致してそうだよね。一度も喋ったことのないクラスメイトの下の名前までしっかり覚えてそう。なんなら最初の自己紹介で言った趣味とかまでしっかり覚えてそう。そうするとさ、こういう世界線が存在するわけですよ。夏休みに入って特にやることもなく家でゴロゴロする僕。流石になにもしないまま時が流れていく現状に焦燥感を覚え、とりあえずあてもなく散歩をすることに。じわじわと照り付ける日差しの中、背中を丸めてゾンビのように歩いていく。かれこれ20分は歩いただろうか。折角の散歩だからと張り切って知らない道を知らない道を選択していたら自分がどこにいるのかが全く分からなくなってしまった。自分の家の近所にこんな知らないところがあったなんて。しかし感心している場合ではない。一体ここはどこなんだ。そこまで遠くに行く予定もなかったから財布も携帯も持ち合わせていない。どうしよう、まさか僕は知ってる町の知らない町という認知の捻じれの狭間で一生路頭に迷ってしまうことになるのだろうか。そんな絶望的なことを考えながら下を向いて歩いていると、ふと曲がり角から人影が地面を這って飛び出してきたのが見えた。人影は僕に問いかける。「あれ?○○くん?」 声を聞いて僕は跳ね上がるかのような勢いで声がする方向を向いた。「は、南風野?」 声の主は南風野だった。一体どうしてこんなところに? そもそもなんで俺の名前を? 困惑している俺を尻目に南風野は続ける。「散歩?」 未だに驚きで声の出ない俺は頷くことでしか自分の言葉を表現することができなかった。「アタシもね、散歩なんだ。今日は特になにもすることがなくてね~」 南風野は笑顔で続ける。ようやく口が動かせることに気づいた俺はやっとの思いで南風野に問いかけた。「どうして、俺の名前を?」 南風野はきょとんとした顔でこちらを見る。マズい、何か変なことを言ってしまったか。狼狽える俺を見てかどうかは分からないが、南風野はしばらくして笑顔を取り戻しこう答える。「どうして? だってクラスメイトでしょ?」 それからしばらく話した記憶はあるけれども、何を喋ったかは覚えてはいない。気づいたら影と南風野は闇に溶けて消えていた。辺りがよく見えなくて本当に助かった。このニヤけ顔を見られたら生きていけないから。鈍く、しかしハッキリと輝き始めた一番星を見上げ、ゆっくりと息を飲み込んだ。よし、明日も散歩をしよう。そう思うまでにそんなに時間はかからなかった。みたいなね? いいですね、同級生南風野という概念。軽率に男子の名前を呼んで堕としてそう。軽率に人の懐に潜り込んでくる女の子、南風野。そんな南風野のことが俺……

 

南風野はさ、文化祭でもライブをするのかな? するんだろうな。まずさ、クラスとしてはド定番だけどメイド喫茶をするんだよね。一応お化け屋敷とか他の定番も出るには出るんだけど、結局メイド喫茶に決まるのよ。だって皆南風野のメイド服が見たいから。男子女子関わらず見たいから。勿論俺もだけど。それで、満場一致でメイド喫茶に決まるんだよね。でさ、準備でも南風野は中心にいる訳よ。メイド喫茶で何をメインの料理として出すか決める時も、南風野はアイドルグループで自称リーダーを務めてるだけあってみんなをまとめるのが上手いんだよな。喫茶だからケーキ! とか折角だからちょっと凝ったパンケーキ! とかクラスの意見がバラバラでまとまらないときに、押しつけがましくない位のテンションで、でも自分に発言力があることが分かった上で、「アタシはみんなでケーキが作りたいな~」とかいう訳。そしたらもうクラス中南風野とケーキが作りたいなという気持ちに統一されるのよ。平和な独裁主義はここにありました。それで時々アイドル活動だったり、文化祭のステージの練習だったりで南風野は抜けることはあるけど、やっぱり南風野中心で順調に準備は進んでいくの。席数はこれ位、皿やコップは紙製、ケーキの材料の仕入れ先、当日のタイムシフト。そのどれもが順調に。全ては文化祭成功の為に。南風野の為に。その裏で南風野もみんなの為にライブ準備を進めていく訳。まるで青春物語みたい。で、当日ですよ。お待たせしましたのメイド服。もう男子はソワソワ、女子もソワソワ。不意に開かれる教室前方のドア。みんな固唾を呑む。俺も呑む。そこにはいました。天使が。もう女子は近寄って寄ってたかって袖を軽く触ったりしながら可愛いの嵐を投げかけてますね。男子は声には出さないまでも色めき立って、気持ち悪い笑みを浮かべています。あ、失礼。気持ち悪い笑みを浮かべているのは俺だけでした。まあ俺含めクラスのみんなが可愛いと思ってる訳ですから、来るお客さんも可愛いと思うのは当然のことで。南風野のメイド服のおかげで、南風野が中心となって準備してくれたおかげで見事に我がクラスのメイド喫茶は大盛況。これはサークル大賞も狙えるかもみたいな空気が出始める訳ですよ。そしたら遂にあの校内アナウンスが流れる訳ですよ。「13時より、体育館にて本校のアイドル部代表のテトラルキアによる文化祭特別ライブが開催されます。皆さま是非お越しくださいませ」 って。そしたら間髪入れないくらいの間で「あっ、忘れてた! リハがあるんだった! 悪いけど抜けるね、ごめん!」 って南風野がクラスの子何人かにそう伝えてパタパタと教室を出ていくのが見えるんですね。そこでどうしようもなく実感させられるんですよ。ああ俺たちのクラスのリーダーの南風野は、アイドルグループ「テトラルキア」のリーダーなんだって。俺たちに手の届くような存在じゃないんだって。俺たちに微笑みかけてくれるあの笑顔は無数にいるテトラルキアのファンにも向けられてるんだって。なんだか嫉妬しちゃうなあ。まあそれでも、アイドル南風野を見たくて体育館に律儀に足を運んじゃうんですけど。暗い体育館の中。暗い暗い体育館の中。暗いのに人が沢山いることが分かるような熱気がこもっている。この人たち全員がテトラルキアのファンなのか、そう思うとなんだかゾクゾクする。開演。途端に舞台が明転する。舞台の袖からメンバーが登場する。坂東美久龍さん、城北玄刃さん、西館ハクさん。そして、南風野。歓声が湧きあがる。興奮冷めやらぬうちに、1曲目が始まる。境界線だ。既に上がっていたはずの観客のテンションが更に高まっていく。ペンライト、ブレードが様々な色でゆらゆらと揺れている。南風野のイメージ色は、そこそこいる気がする。俺も勿論、南風野色を振る。曲目は順々に消化されていく。カナリア、Fearless Girl、テトラルキアのヒットナンバーが続々と披露される。そして遂に、ついに、俺が待ち焦がれていたあの曲が披露された。タイヨウはいつだって すぐそばにある―― T.A.I.YOUだ。一瞬で体育館がバーミリオン色に染まる。地鳴りのような声が体育館に響きわたる。俺も気が付いたら叫んでいた。そんな荒れていると形容されても仕方ないような環境にあっても、南風野はまるで歌詞通り、タイヨウかのように、ステージ上で輝きを放っていた。ライブが終了する。テトラルキアの面々が袖にはけていく。皆が口々に「ハクちゃ~ん!」「美久龍~!」「玄刃さ~ん!」と名前を叫び、手を必死に振る。そして、それにこたえる形でメンバーが手を振り返している。そんな様子を見て嫉妬心だろうか、俺は何だかいてもたってもいられなくなって、「朱莉!」 と叫んだ。朱莉は、なんとなくこっちの方を向いて、手を振っていた……ような気がする。あれが、アイドルの朱莉なのか。アイドルとして輝く女の子、朱莉。そんな朱莉のことが俺……

 

朱莉はさ、調理実習で家庭的な部分を見せてくれるのよ。しかも調理は勿論なんだけど買い出しの部分から見せてくれるんだよね。とんだ大サービスですよ。前日、夕方。明日の調理実習に向けてグループで2人、俺と南風野が買い出し班に任命されたんですよ。で、学校の近所のスーパーに来たんですけど、俺は普段料理なんかしないから正直戦力にはならないんですよね。でも、どうにかして朱莉によく思われたいから、事前に班でカレーを作ることは決まってたので、人参とか玉ねぎとかが必要になるんだろうなと思って野菜売り場に直行して野菜をカゴに入れていったんですよ。そしたら朱莉が「ダメだよ~人参は色が濃くてはがついてた部分が細いものじゃないと! あと玉ねぎは表面の皮がきちんと締まってるものじゃないとダメだよ~」 って言うんですよ。俺はちょっとビックリしながら野菜を棚に戻しつつ「詳しいんだね」 って言ったんですよ。そしたら朱莉はちょっと得意げな感じで「たまに料理するんだよ」 っていう訳ですよ。料理ができる女の子っていいですよね。ここで俺は一層朱莉に惚れる訳ですよ。料理の得意な女の子、朱莉。そんな朱莉のことが俺……

 

朱莉はさ、たまに自分でお弁当を作ってくるんだよね。色合いとか意識して野菜もちゃんと入れたやつ。見た目も意識してお弁当を作る女の子、朱莉。そんな朱莉のことが俺……

 

朱莉はさ、結構エゴサしてるんだよ。インターネットを気にしてなさそうな、疎そうな感じは一見あるけど実は気にしいなの。そんな朱莉のことが俺……

 

朱莉はさ、実は家でしかつけないリボンを持ってるんだよ。そんな朱莉のことが俺……

 

朱莉はさ、俺のことをさ。

 

朱莉はさ、