「「「「「お誕生日おめでとう(ございます)!」」」」」
部室のドアを開けた瞬間、クラッカーの音が鳴り響いた。視界が紙テープと紙ふぶきで埋まっていく。紙テープの向こうには、いつものようにKiRaReのメンバーの笑顔があった。
理解が、追いつかなかった。それは突然のサプライズにびっくりしたからという理由も勿論あるのだけれど。それ以上に、華やかな景色と「誕生日」というワードがどうしても私の中では上手く結びつけることができなくて。
私はしばらくの間、動けないままだった。
「また1つ、年を取ってしまったのね。」
私、長谷川実は退屈そうに、しかし確かに怒りの感情を含んだ様子でひとりごちた。誰に聞かせる訳でもないが、その言葉は誰にも届かない。薄暗い部屋に私の声が響き渡る。それが一層私をみじめな気持ちにさせた。
年を取ることに嫌悪感を示すようになったのはいつの頃からだっただろうか。
私も昔は年頃の女の子と何ひとつ変わらない感情を持って、誕生日を迎えていたはずなのに。両親、友達、学校の先生。誰もが口々に「誕生日おめでとう」と、私だけの記念日を祝ってくれて。そのなんとも言えない優越感と、大人というなんでもできる存在にまた一つ近づいた嬉しさが、私をなんだかくすぐったくさせた。そのくすぐったさがなんだか心地がよくて、私は誕生日という日が好きだった。
でも、私はなんでもできる存在にはなれなかった。
中学受験に失敗し、憧れの稀星学園の本校ではなく、高尾校に入学することになった。それでも諦めず、高尾校で仲間を集めてアイドル活動をしようとしたが、上手くはいかなかった。それでもなんとか、とソロ活動に励んだが事態が好転することもなく、気づけば中学生として残された時間も1年足らずとなっていた。
そこで私は気づいてしまった。私が幼いころに描いていた、プリズムステージに出場し全国優勝、そこから華々しいアイドルとしての階段を駆け上がっていくという夢は叶わないということを。いや、本当は高尾校に入学した時点で気づいていて知らないふりをしていたのかもしれない。あれほど追い求めていた夢だったはずなのに気づいた瞬間その現実を思ったより素直に受け止められたから。本当のところは今でもよく分からないけど。
精神を磨り減らしながら、自らを騙しながら、追いかけた夢はある日、跡も形もなく消えてしまった。中学3年生、まだほとんどの同級生が望めば何にでもなれると、それはそれは綺麗な青写真を描いている横で、私は1抜けで夢から降りてしまった。
あれほど好きだった誕生日はいつの間にか、何者にもなれないのに大人への階段を1つ上ったことを知らせてくる、私にとって最も忌み嫌う日の1つとなってしまった。
誰にでも平等に、でも不平等に降り注ぐ記念日に対して、私は無力さを噛みしめることしかできなかった。
できなかったはずだった。
ふと、我に返った。皆が心配を多分に含んだ不思議そうな顔でこっちを見ていることに気がついた。こちらも負けじと不思議そうな顔で皆を見返した。一体どうしたというのか。
しばらく沈黙が続いた。ようやくこの空気を打ち破ったのは謡舞踊部の部長でもある、瑞葉だった。
「実ちゃん、一体どうしたん?急に泣き始めて。」
瑞葉が心配そうに問いかけてきた。
そう言われてようやく私は、自分の頬に大粒の涙が沢山つたっていることに気が付いた。
「みい先輩、大丈夫ですか?」
「何があったんですか?みい先輩」
「みい先輩……心配。」
「副会長、大丈夫かい?」
皆も堰を切ったかのように次々と問いかけてきた。
その言葉が温かくて、優しくて。
「だ、大丈夫だみぃ……」
私はそう返すことしかできなかった。
しばらくして落ち着きを取り戻した私は、訥々と語りだした。
「みいは、みいの誕生日があまり好きじゃなかったみぃ。毎年、誕生日を迎える度に、このままプリズムステージに出られることもなく、アイドルになれることもなくただただ年をとっていくんだー、ってことに改めて気づかされることが怖かったみぃ。でも、なんだか今日の誕生日は嫌な気持ちがしなくって、皆にサプライズされた時に訳分からなくなって、気づいたら涙が出ていたみぃよ。」
皆、今日が私の誕生日という記念日であることを忘れたかのような真剣な表情で聞き入っていた。皆の唾を飲み込む音がこちらまで聞こえてくるほどに、部室は静寂に包まれていた。
でも。静寂を破るのはいつだって瑞葉だった。
「なんや、そんなことで泣いとったんかいな」
皆がびっくりした表情で瑞葉を見る。
「そんなこととは何みぃ!」
思わず口を突いて出てきた言葉は怒りだった。私の過去をそんなこと、だなんて。怒りを込めた目で私は瑞葉の目を見た。しかし、瑞葉は意に介さない様子で続けた。
「実ちゃんが誕生日が嫌いだった理由はよう分かったわ。そら嫌いになるわな。でも、今年の誕生日は嫌じゃなかったんやろ?それって要はまた夢を追いかけ始めたってことちゃうん?」
ハッとした。
そうか、そういうことだったのか。いつの間にか諦めていた夢がまた自分の手元に戻ってきたから。諦めていたプリズムステージが、また手の届くところに戻ってきたから。遥か昔に描いていた青写真は目の前に広がっていたから。
なんだか、ふっと肩の力が抜けた気がした。
「みいは、みいは……また夢を追いかけられるようになったみぃね……」
絞り出すようなか細い声で、そう呟いた。
涙は、いつの間にか止まっていた。
「では、改めて実ちゃんの誕生日に乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」」
仕切り直しの音頭を瑞葉が取る。それを合図として、皆がそれぞれお祝いの言葉を私にかけてくれた。
「みい先輩、誕生日おめでとうございます!これからもよろしくお願いします!」
「みい先輩、おめでとうございます!絶対にプリズムステージで優勝しましょうね!」
「みい先輩……おめでとう……」
「副会長、誕生日おめでとう。これからも、副会長と、そして皆と歩んでいきたいと改めて思ったよ。これからもよろしくお願いしたいな。」
なんだか、そうやって皆にお祝いされるのが何だかくすぐったくて、でも心地よくて。改めて私は誕生日がまた心から好きになれたんだなって嬉しくなった。
「実ちゃん、改めておめでとうや~」
最後にお祝いの言葉をくれたのは、瑞葉だった。
「あ、ありがとみぃ!」
なんだか照れくささがあって、ちょっとぶっきらぼうに返事をしてしまった。それでも、瑞葉はなんだか微笑ましそうな笑みを浮かべて言葉をつづけた。
「よかったわ~やっぱり実ちゃんは元気な姿の方が似合っとるわ」
「心配かけたみぃね、でももう大丈夫みぃよ!これからもっともっと、練習を厳しくしていくみぃよ!プリズムステージ優勝は甘くないみぃ!」
「実ちゃん、鬼やわぁ~」
瑞葉は全く嫌そうな素振りをみせずそう言った。
二人の笑い声が、部室に響き渡る。
「まあでも、泣いてる実ちゃんも可愛かったけどな~」
「な、泣いてなんかないみぃ!」
照れくささから叫んだ言葉が、春先の鮮やかな青空に溶けて消えていった。
以上、人生初SSでした。
口調とか難しいですね。誤字脱字含め間違っているところがあればTwitter(@kewiihai)までご連絡ください。
おまけ
アニメ「Re:ステージ! ドリームデイズ♪」ですきなみい先輩のキャプチャベスト3
3位
カージオイドみい先輩
2位
ふみぃ~!外なんてどこでも行きたい放題みぃ!
1位
ありえないみぃ……(声含めてめちゃくちゃ好き)
終わりだよ~